種子島の歴史・文化

鉄砲伝来、宇宙センターの島

種子島の歴史・文化

日本一が多い種子島

種子島といえば、鉄砲伝来の地として教科書でもおなじみである。1543年8月25日、種子島の南端門倉岬に一艘の外国商船が漂着。その船に乗り合わせていたポルトガル人が手にしていた火縄銃を見て、14代目島主種子島時尭は2丁購入し鍛冶屋の八板金兵衛に複製を命じ国産第一号の火縄銃が完成した。

種子島には、鉄砲以外にも黒潮海流に乗って伝えられたものがある。サツマイモは琉球から種子島に伝えられたといわれており、日本で始めてサツマイモの栽培を行なったのが種子島である。白米の原種といわれている赤米も黒潮に乗ってやってきた。種子島が米どころであることは意外と知られていないのではないだろうか。種子島は、日本一早い新米を出荷している。

日本一古い生活跡が見つかった横峰遺跡。世界一古い落とし穴が見つかった大津保畑遺跡、157体の人骨と、44000個に及ぶ貝製品が出土した国指定史跡の広田遺跡など、学術的に重要な遺跡が点在しているのも種子島の魅力である。

黒潮が育んだ種子島

種子島は黒潮の影響を受けて、様々な文化や物の流入があった。先に紹介した、火縄銃、サツマイモ、赤米以外にも、火縄銃と同じくして伝えられたと言われているハサミやイギリスの難破船が救助のお礼に島民にプレゼントした鶏(インギー鶏)などがある。また、文化の交流では、弥生時代から本土と南西諸島との海上交通の要衝となっていたようである。近代に入ってからは、黒潮海流により大阪、京都の商人との交流が盛んで、島内で京言葉「・・・申す」などが使われていた時代もある。最近でも関西弁の「おおきに」は島の人たちがよく使う言葉である。

種子島の民俗芸能

種子島の民俗芸能には6つの県指定無形民族文化財がある。

西之表市

現和の種子島大踊り

横山の盆踊り

深川の面踊り

中種子町

源太郎踊り

南種子町

平山の座敷舞

平山の蚕舞

その他、琉球との交流が盛んであったことから琉球芸能が伝わった例もある。

ヨンシー踊り