子ども達で賑わうビーチを夢見て

コロナ禍において、海外へのサーフトリップを諦めたサーファー達が国内へ行き先を求め、その候補地のひとつとして種子島が注目されています。今回は、これからの種子島におけるサーフシーンを牽引するであろうプロサーファーの須田姉弟に、種子島の魅力やプロとしての目標さらに将来の夢を伺いました。

須田 那月(25才)・喬士郎(19才)
インタビュアー:種波KG
※2021年2月取材時の年齢

K) 今日はよろしく!

喬) なんだか緊張する・・・

K) いつもの感じで楽に! 早速だけど、お二人にお伺いします。プロを目指したきっかけは?

那) サーフィンをはじめたときからプロを目指していました。将来を考えるタイミングで、海外の女子プロサーファーのドキュメンタリー番組を見て、彼女のようになりたいなって!だからサーフィンをはじめると同時にプロになることを決めていました。

K) サーフィンは何歳のときにはじめたの?

那) 11才のときです。将来の夢を考えたとき、キャビンアテンダントとかサッカーもやってたし、いろんな職業を考えたけど、ドキュメンタリー番組を見てサーフィンが仕事になるってことを知って、サーフィンを仕事にしようと!そのタイミングでサーフィンをはじめました。

K) へ~!両親がサーフィンするのに、11才までサーフィンをするきっかけがなかったのが不思議なぐらい。

那) きっかけはめちゃくちゃありました。海が近くにあって両親がサーファーで環境には恵まれていましたね。7才ぐらいの時に、両親がサーフィンに連れて行ってくれたけど、そのときは波が怖くて!それに、学校の友達と遊びたいから、休みの日も友達がやってる習い事や遊びが最優先でした。
11才のときに、お父さんと仲間が子ども向けのサーフィンクラブをはじめて、友達もサーフィンに興味をもつようになったのも、私がサーフィンをはじめた理由のひとつです。

K) 喬士朗は?

喬) 自分もはじめからプロを目指していました。サーフィンをはじめたのは3才のときです。

K) それだけサーフィンが魅力てきだったんだね。

喬) これまで経験したことのない感覚にはまったけど、実はあまりサーフィンは楽しくなかった。世界のプロツアーを目指してサーフィンをはじめているので、遊びの延長ではなかったです。

K) ふたりとも子どもの時から種子島ローカルの大会では優勝しまくって、景品の焼酎を取りまくってたもんね。

喬) おかげさまで、いつも我が家には焼酎がいっぱいありました!僕らは飲めないけど・・・。中学生のころは、ローカル大会ではそれなりに成績も出せていたので、全国でも通用すると思ったら、まったく勝てなくてめちゃくちゃショックでした。それからは頭で考えてサーフィンをするようになりました。

K) 那月は2012年にプロへ転向して世界の大会をまわっていたけど、2017年に肩の大けがをして1年のブランクを経験。その後みごと2019年の国内プロツアーJPSAグランドチャンピオンに輝いたよね。

那) わたしはサーフィンをはじめた時から世界を目指していて、時にはクラウドファンディングで渡航費を集めたりしながら世界を舞台に挑戦を続けてきました。ところが3年前に大けがをしてしまい、まる1年間は手術とリハビリの生活を送ることになって、大会に出られないのでスポンサーも離れてしまいました。治療にもお金がかかってしまったので、再び世界をまわるには、スポンサーを探す必要がありました。そのために国内プロツアーで結果を出す。結果とはつまり日本一になることでした。復帰1年目は、自分が思ったように結果を出せず、現実は厳しいなと・・・・。だけど、諦めずにトレーニングを重ねて、復帰2年目には必ずグランドチャンピオンを取ると自分を信じていました。

K) グランドチャンピオンになり、いよいよ世界へ挑戦ってときにコロナですか・・・

那) グランドチャンピオンになって、念願の海外ツアーに参戦って時にコロナ・・・・!2020年の1月にオーストラリアの大会に出て、次はインドネシアか?アメリカか?ってところで、コロナが世界に広まり海外ツアーが無くなってしまいました。今は海外の大会が再開される時を待って、そこで実力と結果を出せるように種子島で準備をしています。

K) やっぱり那月の目標は海外参戦だよね。

那) もともとサーフィンをはじめたきっかけが、昨年、世界のグランドチャンピオンに輝いたカリッサームーアに憧れてはじめたサーフィンだから、海外で活躍することが本望です。カリッサームーアは別にプロの資格を持っているわけではないけど、サーフィンでスポンサーからお金をもらって生活している姿が、私の思う真のプロサーファーの姿なので、今もそこを目指しています。

K) 喬士朗も世界を目指しているよね。

喬) 僕も姉と同じで世界のツアーで活躍できるプロサーファーを目指しています。とくにCTツアー(世界のトップ選手のみが参戦できるチャンピオンシップツアー)に入れるように頑張っています。CTツアーを目指している世界の同年代サーファーからは一歩出遅れている自覚はあるし、世界で戦うために、まだまだスタート地点にも立っていない状況。これからもっともっと実力を上げて、スポンサーを見つけて世界へ挑戦できる環境をはやく整えたいです。

K) 喬士朗にもコロナの影響はあった?

喬) 子どもの頃から、夏と言えば姉とサーフィン大会で全国を走り回るサーフィン漬けの日々が定番でした。学校の部活にも入れなかったし、友達とサッカーや野球をして遊びたいのにサーフィン大会の日々だから、あまり夏って好きじゃなかったんですよね。ところが去年の夏は、コロナの影響で大会が無くなり、はじめて種子島でゆっくり過ごすことができました。おかげさまで、種子島ってほんとにいいところだな~と実感できる、僕にとっては良い機会となりました。

K) 具体的にはどんな生活を送っていたの?

喬) 車の免許を取ったので、車で自由に移動できるようになったし、コロナで島にいる時間が長かったので、地元で頑張っている友達や先輩に連れられてカヌーや釣りにBBQや漁船に乗ったりキャンプしたり焼き芋したり、これまで出来なかった島の遊びをたくさん経験しました。友達と一緒に過ごす夏ははじめてだったので、改めて種子島っていいところだな~って。

K) 地元の種子島を見直すいい機会になったんだね。那月は?

那) 私は地元の小学校から講演をたのまれて、原稿を考えるときに、これまでの人生を振り返り、自分と向き合うよい機会になりました。個人競技のプロスポーツ選手として自分事を最優先してきた人生だったけど、地元の子ども達とふれあったことで、いつか現役を退いたら地元の子ども達のために、お父さんがかつて行っていた子ども向けのサーフィンクラブを復活させたいなって、新たな目標ができました。

K) 子ども達には、具体的にどんな話しをしたの?

那) 種子島から世界を目標に歩んできたこれまでの経験をお話ししました。その中で子ども達に伝えたかったのは、都会も島も夢を叶えるための可能性は同じだってことです。自分自身もそうだったから言えることだけど、都会と比べて島はハンデがあるって思い込んでいる子ども達が多いと感じていて、大人になったらわかるけど、島で生まれ育ったメリットを実感することもあるし、まだまだ発展途上で夢を実現させたわけじゃないけど、島も都会もチャンスは変わらないって思っています。
地元の子ども達に講演をしてからは、地元の子ども達にサーフィンを教えるときも、なるべく種子島の魅力を伝えるようにしています。そんなこと、今まで考えたこともなかったけど、コロナの影響で時間に余裕ができたことによって、子ども達と話すきっかけをいただき、その経験から子ども達の為に力になりたいって思いが強くなりました。
それから、種子島の良さを島で頑張る子ども達をもっと島の外に発信できたらと思っています。コロナがなければ、今頃は世界を転戦し自分自身のことで精一杯、島の子どもたちの為になんて考える余裕はなかったはずだから、この経験をこれからの人生に活かしたいです。

喬) 地元の子ども達には、種子島の良さを知ったうえで、進学や就職で島を離れて欲しいなって思います。ぼく自身も種子島で生まれ育ったことに誇りをもって、日本全国いや世界へ種子島を発信して行きます!

K) 二人とも、サーフィン競技漬けの日々から少し距離を置いて、地元密着のいい経験ができたみたいだね。では、このインタビューを見ている読者のみなさんに一言ずつもらえるかな。

喬) 昨年から種子島でサーフィンガイドをはじめました。他県の人たちが、「種子島に来て良かった~」「海外に行けなかったので、はじめて種子島に来たけど、また来ます!」など種子島に感動してくれた生の声を聞くことができて、改め種子島ってやっぱり魅力的な島だと再認識しています。あと、県外の人は種子島の人がよく挨拶することに驚かれます。確かに島の人はサーファーに限らず挨拶をよくかわします。ビジターで訪れた人もビーチでサーファーにあったら、積極的に挨拶をしてほしいですね。人が増えると海の中でトラブルが起こりやすくなります。しっかりとコミュニケーションが取れていたら、トラブルを未然に防ぐことができるし、まさかの事故も防ぐこともできると思っています。
都会でのサーフィンは波を取り合うことが当たり前だけど、種子島でのサーフィンは波を取り合うのではなく分け合うサーフィンです。そのためにも事前のコミュニケーションが大切になってきます。そんな種子島ルールを知らずにトラブルを起こされるのは悲しいことなので、僕も積極的に挨拶するようにするし、皆さんからも挨拶をしていただけたら!ビーチであったら一言声をかけてください!
種子島は波が小さすぎる時以外は、島のどこかでサーフィンができます。ロケーションが良くて、波が良くて、人が少なくて!サーフィンをしない人でも、きれいな海、満天の星空、ゆったりとした時を過ごせば、気持ちが浄化されると思います。ぜひ種子島に遊びに来てください!


那) 海のルールはもちろん地元への配慮があれば気持ちよくサーフィンできるのが種子島です。駐車場や道路にトイレなど都会的のように環境が整っているサーフポイントは少ないです。知らないで私有地に入って迷惑をかけたりすることもあるので、やはりコミュニケーションが大切ですよね。お互い積極的にコミュニケーションを取れば、初心者から上級者まで、だれでも楽しくサーフィンできる場所なので。
おすすめのシーズは断然9月です。台風スエルもあるけど、とにかく波があります。冬は水温の暖かさが魅力!真冬でも種子島ではブーツやキャップは必要ありません。オールシーズンでサーフィンを楽しめます。コロナが収まったらぜひ種子島へ!

K) 種子島はサーフィンするには最高の場所だよね!

那) 国内では恵まれた環境だと思います。姉弟でプロを目指しているときも、サーフィンの認知度が高いこともあって、地域や学校の理解を得やすく、サーフィンを中心にした学生生活を送ることができました。地域に支えられたので今のプロ生活があると思っています。

喬) サーファーにとって恵まれた環境なので、もっと地元の子ども達がサーフィンにチャレンジできる環境が整えばと思っています。種子島で子ども達が気軽にサーフィンをはじめられる環境はまだまだかなと。その点では、湘南とか千葉が進んでいますよね。週末はたくさんの子ども達で海は賑わっています。僕は同年代でサーフィンを競い合う友達がいなかった。プロを目指していたので、海ではいつも孤独でした。今もそうだけど、身近にライバルがいないので、競技選手としてモチベーションを維持させることに苦労しています。それに不安も感じています。大会でしかお互いのレベルを図ることができないので。そういった意味でも、地元の子ども達にサーフィンをはじめるきっかけを与えて、プロを目指す子ども達が増えたら、本当の意味でサーフィンの島になるんじゃないかな。

K) 本日は種子島から世界を目指すプロサーファー那月さんと喬士朗さんにお話しを伺いました。どこかの海で出会ったら声がけしてあげてくださいね!種子島から世界を目指す2人に、皆さんからもぜひ応援してあげてください!

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