ウミガメがいたから種子島で生きていける、地球規模で考えるきっかけをウミガメがくれた

|西之表市ウミガメ保護監視員|増山涼子さん

隣の島屋久島は自然豊かな島だと誰もが認めるだろう。それは宮之浦岳を頂点とする洋上アルプス然とした山容や、そこに棲息する植物や動物もそうだが周囲の海にも注目が集まる。とりわけ産卵のために上陸するウミガメの数は北太平洋で最大とされ、近年はその観察ツアーも人気を集めている。では種子島はどうなのだろう。ややもすればロケットや農業に注目が集まる種子島だが、自然という側面では屋久島にも肩を並べる豊かさを誇っている。今回はその一端であるウミガメに焦点を合わせ、西之表市のウミガメ保護監視員増山涼子さんに話を聞いた。

西之表の闇にまみれて

増山さんはいくつかの肩書を持っている。

西之表市ウミガメ保護監視員、NPO法人日本ウミガメ協議会理事、そして中種子町を拠点に活動するNPO法人種子島タートルクルー理事だ。種子島の人なら「ウミガメのリョウコちゃん」といえば彼女のことだとすぐにわかるくらい、種子島のウミガメ事情に精通している。

活動時期のメインは、ウミガメが産卵のために上陸する4月下旬、5月から卵が孵化して子ガメが海に還る9月中旬までのほぼ5カ月だそうだ。具体的な活動内容としては、

「その期間は西之表市のウミガメ保護監視員として、まず産卵調査に走り回ります。どこに上陸して、どこに産卵したか。そしてウミガメの種別を確認します。その後は孵化調査ですね。何パーセントくらい孵化しているのかを調査します。それからストランディング*調査もやります。漂着死骸があれば写真を撮って、種類を判別して、大きさを計測して……。そんなことを何人かで担当地区を分担してやっています」

ということだ。彼女の担当は、産卵と孵化調査は西之表市の東海岸、ストランディング調査は漂着死骸があると連絡があれば、市内全域をカバーすると。

時間帯でいうと産卵調査は主に夜半から明け方で、孵化調査は主に明け方、早朝だ。彼女が担当する東海岸の砂浜は全長でほぼ2キロ。産卵調査の場合は真っ暗な砂浜をライトに頼ることなく砂浜を歩いて調査する。シーズン真っ盛りには3往復することも珍しくないという。

「何もない砂浜を12キロ歩く時もあります。1匹のウミガメに出会うこともなく、ただ闇にまみれて歩き回っていることだって珍しくありません(笑) 孵化調査は午前4時半くらいからですね。早朝の海岸を歩くのですが、こちらは何も出会えなくても綺麗な朝焼けの空を見られることもあります。それだけで爽やかな気分になれますよ(笑)」

リョウコさんはこのウミガメ保護活動を、西之表市からの委託とはいえ、ほぼボランティアでやっているといっていいだろう。

本業は西之表市現和でハンドメイドのアクセサリーや雑貨を販売するショップを営んでいる。自らもトンボ玉をつくるアーティストでありサーファーだ。

*ストランディング:海生哺乳類が海岸線から陸地側へ生きた状態で座礁したり、死んだ状態で漂着し、自力で本来の生息域に戻ることができなくなること。ウミガメの場合は一旦上陸した後、力尽きて海に戻れなくなることもある。

人生を変えた求人広告

リョウコさんは千葉県出身。彼女が種子島に移り住んだのは2005年。18年前のことだ。前職は山口県下関市の水族館の職員だった。その職を辞して趣味のサーフィンのために種子島移住を決めたのだ。ウミガメとの関わりはその水族館時代にあったのだろうか。

「千葉に鴨川シーワールドという有名な水族館があるのですが、小さい頃シャチのショーを見て感動しちゃってね。大きくなったらイルカのおねえさん、シャチのおねえさんになりたいって思いました。それでその夢に向けて勉強して、高校3年生になって、水族館に就職しようとするんだけど募集人数が少なくてなかなか難しく、大学の水産学部に進学することも考えていました」

水族館の職員といえば、博物館学芸員の資格がいるものだと思っていたが、話を聞くとなかなか複雑だった。

「まず水族館を運営する会社の社員や団体の職員として就職しないといけないんです。電鉄系とか、行政とか、財団法人などの団体とか、さまざまな運営主体があるんですけど、まずそこの職員として採用されないと。難しいなあって諦めかけていたら、高校の先生がこんな求人が新聞に載っているぞって、下関の水族館の募集記事を見つけてくれたんです。公益財団法人の運営になったばかりで、そこの求人だったんです。水族館の職員としての経験がなくてもよくて、むしろ知識がないくらいの未経験者がいいということで、私でもなんとか合格できたって感じでした(笑) 私の人生を変えてくれた新聞広告でした」

その水族館ではウミガメではなく海洋哺乳類の担当をしていた。

ウミガメに関わったのは種子島に移ってからだった。

「サーフィンがしたくて移住したのです。海外も含めていろんな場所を考えたのですが、結局種子島に落ち着きました。でも、せっかく水族館で働いていたのに海のことに関わらないのはさみしいなと思っていたんです。そうしたら海岸近くに立っていた看板に気づきました」

ウミガメの保護を訴える西之表市の看板だった。リョウコさんはすぐに友人と一緒に西之表市役所に問い合わせの連絡を入れ、そこから日本ウミガメ協議会の存在を教えてもらい連絡を入れた。

当時屋久島はすでに北太平洋でいちばんのアカウミガメの産卵地だとされていた。しかし隣の種子島は本格的な調査には未着手で実態が全くわからないとウミガメ協議会の説明があった。

「協議会からガソリン代くらい出るから調べてみてくれないかという依頼があったのがウミガメに関わるきっかけでした。水族館の元職員だったけど、ウミガメが担当ではなかったからわからないことだらけでした。最初は本や協議会からの資料を読んで勉強しました。今みたいにインターネットもつながらない島だったので(笑)」

そして笑いながらこう続けた。

「海に行く合間にできればいいかな。生活の一部を割いてできることをちょっとやってみようかな。そんな感じだったので、まさかこんなにがっつり(笑)やるとは思っていませんでした」

地道な作業がはじまった

彼女が調査をはじめたのは種子島に移った翌年、2006年からだ。調査の手法としては先に述べたように、足で稼ぐ地道な活動が主だった。

鹿児島県ではそれまでにもウミガメ保護の観点から調査は実施されていた。1988年に県はウミガメ保護条例を制定し実態の把握と保護に着手した。

「種子島でも30年前からデータは取っていましたが、ただ正確性の問題があるし……。たとえば上陸した個体数では上陸して帰る往復の痕跡で2と数えたり、産卵している数も正確に把握していなかったり。当時の担当者はちゃんとやっていましたが、種子島では調査のノウハウも確立されていなかったようだし……。その当時の状況に関しては自分の目で見ていないので、よくわからないというのが正直なところです」

それをカバーし正確なデータを取るために、先に述べたような地道に足で稼ぐ調査が必要になるのだ。だが彼女はまだまだ足りないという。

「調査する場所をもっと増やさないとダメだなと思っています。今どんどん増やしているところですが、岩場に隠れたポケットビーチもあるし、すべてをカバーできているわけではありません。でも私が調査をはじめた頃は3カ所か4カ所のビーチしか調査できていませんでしたから、それからするとずいぶん前進したとは思いますが」

そんな彼女にはちょっと心配なことがある。

「上陸数でいうと2012年、13年をピークに減ってきています。去年種子島はちょっと回復したけど……。屋久島も少なかったし、全国的にも少なかったので、理由にはいろんなことがあると思います。絶対数が少なくなっているのか、捕獲されているのか……。上陸数が減っているのは事実です」

彼女の笑顔が曇った瞬間だった。そういえば砂浜を歩いていて気づいたことだが、ウミガメの産卵場所を示すマーカーの数が今年は少ないようだった。そのことをたずねてみた。

「マーカーを立てることに意味があるのかという議論もあるのです。マーカーがあることによって掘り起こしてしまう人もいる。マーカーにつけたラベルがプラスチックだと全部が回収できるわけではないので海洋汚染にもつながる。そういう理由で中種子町ではマーカーを立てていません。だけど産卵場所の目印になるようなものは立てています。ちゃんと意味のある調査をしようということですね。無駄なことはやめようと。ゴミも増えるし、手間も増えるし」

そこにはウミガメと人の関わり方の問題も浮き上がる。

西之表ではカメ活が流行!?

西之表ではマーカーはどうなっているのだろう。

「西之表は私が実際毎日調査に出かけています。自分が絶対に回収し、ゴミにはしないと決めているのでマーカーをつけています。それにカメ活が流行っているので(笑)」

「カメ活」って?

「ウミガメの観察を地元の人がそうよんでいるのです。ウミガメ保護監視員としては、やるからおいでとか呼びかけもしないし、私がいたらラッキーでしたねぐらいの感じで、求められればお話しするくらいですけど。そういう人がけっこう多いので観察するにもマーカーもあった方がいいと考えています」

カメ活に来る人は多いのだろうか。

「多い時は、旅行の人を含めて10人、20人と来ることもあります。近所(伊関)の小学校の留学生*とかもいる。私が居合わせると、このくらい上陸して、このくらい卵を産んでいるんですよ程度の簡単なレクチャーはします。それとライトはつけないでとか注意事項もちゃんと伝えて観察してもらいます。子ガメの孵化の瞬間を見て、帰りがけにはゴミも拾いながら(笑) そういう人たちにはマーカーはあった方がいいでしょう」

さらにデータを取る上でもマーカーがあった方が便利だと彼女はいう。ウミガメに興味を持っている人も多い。そういう人からは「何番マーカー(孵化して)出そうですよ」とか「何番いつ産卵したやつですか」とか相互に連絡を取り合って、連携していると。

「担当者ひとりでは手が回らなくても、興味のある人がいっぱいいるとデーターもたくさん正確に取れるということですよ」

西之表市「種子島しおさい留学」制度をご参照ください。

https://www.city.nishinoomote.lg.jp/admin/soshiki/kyouikuiinkai/kyouikuka/kanrikakari/2982.html

ウミガメを観光と結びつけないのか

カメ活は、屋久島のようにツアーを組んだ観察イベントではない。しかしちょっと考えてみれば、観光としてのツアーを実施すれば、種子島のプロモーションにもなるし、収益をウミガメの保護に充てることもできる。だが彼女はウミガメを観光資源として活用することに否定的だった。

「第一に必ず見られるわけではないということが大きいと思います。絶対に見られるわけではないのに、これを観光にしてしまうと……。隣の屋久島を見るととりあえず見せなきゃというのがあって、産卵するカメを見るために、他のカメのことを気にかけずに歩いていたりしてね。ウミガメ保護調査を目的としてやっているのにカメに悪影響を与えるのってどうなんだろうねって思います」

それはたとえ収益を保護活動に使えるとしても、マイナスの方が大きいというのだ。さらに参加者の安全面への配慮が、結果としてウミガメに悪い影響を及ぼしそうだと。

「カメに会える確率も低いし……。私は種子島に住んでいる人、たまたま仕事や観光で来ている人が、朝、海岸を散歩していて子ガメの孵化に出会えたらラッキーくらいでいいんじゃないかと思います。夜はおすすめしません。ライトをつけなきゃならないので、上陸や産卵の邪魔になります。朝ならたとえ出会えなくても、朝焼け見て気分スッキリしながら1日を過ごしてもらえればいいかなと思います」

一方で彼女は屋久島のやり方を否定しているわけではない。

「屋久島ほど上陸するウミガメが多ければ観光資源として活用できるかもしれないけれど、種子島の場合それにはちょっと足りないし、フィールドが広すぎます。それを観光の呼びものにして利用客とトラブルにならないかという不安もあります。ホエールウォッチングの船を出して何も見られませんでしたというのとは、またちょっと意味が違うかなと」

ウミガメを種子島で観光の資源とするのは、種子島特有の事情によりなかなか難しいようだ。

「地元の人にとって、ウミガメが自分の住んでいる地域をより深く知るきっかけになればいいかなと思っています。そこから興味を持ってウミガメのことをもっと調べたり、小学生が自由研究のテーマにしたりとか、小さいけれどそういう活動のひろがり方がいいのかなと個人的には思っています」

保護して調査してデータ取って
それをどう活かす!?

観光でなければ、保護して調査して蓄積したデータをどのように活かすべきだと彼女は考えているのだろう。

「データを持っているだけでは意味がないでしょう。それをいろんな分野の大勢の人と共有することに意味があると思います。日本のどの辺りでいちばん産卵が多いだとか、種子島と屋久島の他の地域との関係はとか、いろいろ比較検討した上で、種子島がもっとちゃんと認識してもらえたらいいなと。それに、種子島の調査が進んでそこに住む私たち人間とウミガメが共存できればいいなと。もともとウミガメが住んでいた場所(海や海岸)に私たちがお邪魔しているようなものじゃないですか。そこで保護っていうのはちょっとおこがましいかと。共存するためにデータを活用したいですね」

種子島でも護岸工事や海岸沿いの道路整備が進み、あるいは建設用の砂の採取などが進み、ウミガメにとっては上陸しづらい状況がひろがりつつある。

「私たちはそういった開発の恩恵を受けてもいるわけです。私も絶対に砂を採ってはダメだとはいわないけれど、でも本当にそこの砂が必要ですか、森林を伐採するにしても本当にその場所の伐採が必要ですか、と問いかける必要はあると思っています。そのためにもデータが必要なのです。今何のためにやっているのって問われて答えは出ないかもしれないけど、ずっと取り続けることによって、実際のデータをもとにしてさまざまな考え方、協議ができるのです。これはすごく大事なことだと思っています。いろんなことを複合的に考えるためのデータなんです」

いろんなことを複合的に考えて、それでもウミガメが減っているんですけど、それでも開発を進めますか? そう訴えるための材料としてもウミガメに関するデータは、種子島の今後のために必要だと彼女はいうのだ。そのために彼女たちは地道な作業をこれから先も長い時間をかけて続けていくのだ。

ウミガメのリョウコちゃん

リョウコさんのいう通り、ウミガメ保護の活動は長い時間をかけて地道に続けられる。

今すぐに結果が出る活動ではない。長いスパンで受け継がれていく活動。先が見えない活動なのだ。そこでのやり甲斐はどういったものなのだろう。

「ウミガメ協議会主催の年1回のウミガメ会議に参加すると、ウミガメが好き、海が好き、砂浜が好き、ウミガメという題材だけでいろんなことに興味を持って勉強している人とか、歩いてる人とかがいっぱいいて、そういう人たちとコミュニケーションとったり、新しい知識を学んだりすることがとても楽しい。そういうことがけっこうモチベーションになっています。種子島で生まれた子ガメはメキシコに泳いで行くんだけど、じゃあいつか子ガメを追いかけてメキシコに行ってみようとか……。ウミガメが私の視点をグローバルにしてくれているのです。自己満足って笑われそうだけど、自分が納得して自分が楽しめることも強いモチベーションになっています。ウミガメのことやってたら楽しいですもんね(笑)」

それに、と彼女は言葉をつないだ。

「もしウミガメのことをやっていなかったら、こんなにいろんな人と関わることもなかったと思います。18年前に種子島に移り住んで、同じように移り住んだサーファーの人とだけの付き合いだっただろうし、ウミガメのことがあったから中種子にも南種子にも知り合いが増えたし、いろんな人と話す機会も増えた。種子島に溶け込むのもはやかったように思います。ウミガメがいたから私は今種子島でこうやって生きていくことができる。そんな感じです」

「ウミガメのリョウコちゃん」とよばれることについてきいた。

「ウミガメが私の人生を動かすきっかけになったのは事実です。そうして私自身が誰かの人生を動かすきっかけになる。そんな存在になりたいと思っています。で、おおもとにいるのはウミガメです。だからそうよばれてうれしいです」

ウミガメのリョウコちゃんはそういって明るく笑った。

彼女と話し終えて思った。グローバルというのは地球規模の経済を指してよくいわれることだが、人間だけではなくすべての生き物を含めた環境という視野に立って、あらゆることを複合的に関連づけて地球規模で考えなければならないということなのだと。その複合的に考えるヒントをウミガメとそのデータが示しているのだとも。

7月のある明け方。朝焼けが美しい伊関の砂浜を彼女と歩いた。

ひとつの産卵跡の前で彼女がうずくまった。優しい手つきで穴を掘っていく。かなり深く突っ込んだ腕をゆっくり引き上げた。そうして「ほらっ」と手のひらをひろげて見せた。そこにはピンポン球を少し大きくしたような卵が乗っていた。それを見る彼女の表情を見て思った。こういう表情を破顔というのだと。これが彼女の原動力なのだと。

穴に戻された卵は約2か月後に孵化し海に還り、30年40年の時を経てふたたびこの砂浜に戻ってくる。その姿が彼女には見えているようだ。

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